念仏者 とんのつぶやき

往生浄土の身となり、日々のちょっとした思いを気の向くままに残しておきます

生きたその先

今を生きる。今を生きろ! 心を打つフレーズだと言われます。未来のことを案じ過ぎても何も始まらないし、過去にとらわれ過ぎても過去は変えようがないからです。 しかし、積み重ねた知識や経験があって今があるのであり、先を見据えて生きているのだとすれ…

新年を迎えて

はや2023年を迎えています。 デジタル化が進み何をするにも便利な時代になっていますが、楽あり苦ありの人生の本質は変わっていないように思います。 南無阿弥陀仏に生かされていることに感謝して、少しでも報いられるような日々を送っていきたいと思い…

散歩道

散歩道の脇の雑草が勢いよく伸びています。刈らねばならない人間の立場から見れば厄介ですが、夕陽に映えて、力強さを感じとることができます。 運動不足解消のためのささやかな時間ですが、夏にかけて少しずつ距離を伸ばしていきたいと思いました。

死んだら極楽は正しい?

死んだら極楽、死んだら仏(①) 「この世はどうにもならんもんや、死んだらお助けなんだ」と言う人のことを、独特の節回しで揶揄する布教使の話を聞いたことがあります(つくづくこの世はどうにもならんもんやなあ、と思いますが)。 確かに、生きている今、…

着実な歩み

生後、デビュー、結成、没後、復帰〇〇年、など節目の年ということがあります。先月と今月は、個人的にそういった関心事が多くありました。 その中で、確実に年を重ねている自分がいるわけです。 世の中いろいろなことがおきますが、平凡でも前向きに歩んで…

浄土往生の後に

わずかばかりの縁ではあっても、その方が亡くなったことを知ると、生前の最後となった会話が思い出されます。仕事柄、そういうことが年に何度かあります。 この世でできることは僅かでありましたが、仏様に成らせて頂いた後に、その方のためにできることがあ…

近づくべからず

自分ではどうしようもできないことには反応せずに、自分のできることに集中する。このようなことを言うトップアスリートや著名人がいます。なるほどと感心しますが、実行するのは至難の技だと思います。反応しないように、と反応してしまいます。 なるべく悪…

仕事にキリがない

仕事にはキリがないので、どこかで踏ん切りを付けるしかありません。一日のうちで一番ながく時間をかけているので強くそう思うのかもしれませんが、何事でもきっとそうなのでしょう。どこかでけじめをつけるべきものなのでしょう。 そこで、限られた命で何を…

置き忘れ

先日、傘をある店に置き忘れたことをその日の晩に気付きました。店を出る時には雨が降っていなかったのと次の用事を考えていたからでした(次の日に傘を取りにいきました、一件落着)。 気を付けないとな、と思いましたがこれまでも何度かやってます。誰でも…

因果応報と他力の信心

因果応報。 努力があって相応の結果が得られる。真理ですが、その理屈を南無阿弥陀仏の救いに当てはめるのは間違いです。 南無阿弥陀仏、他力の信心は、何の計らいもなく聞き入れる信心です。 例えば、用意されたお宝を、心からどうぞ受け取って下さい、と差…

とんだ話

全人類は悪人であり、死後は地獄に堕ちる。 今思えばゾッとするような話を繰り返し聞かされ信じていました。するとどうなったか? 自己肯定感が下がる、どこか投げやりになる、死に対して過剰な恐怖感に襲われる、他人の良い言動を素直に見れない。 暗くネガ…

月末に思うこと

月末には、店舗のいろいろな実績・結果が出てきて把握することになります。少なからず一喜一憂するのですが、どこか他人事と思えるのは適当な性格だからか、それとも仕事に真剣さが足りないからか。 どちらにしても何事もほどほどが身体にもよいでしょう(笑…

平等におとずれるもの

年をとるほど月日がたつのを早く感じる、というのはこれまでを振り返るとその通りと感じます。気が付けば臨終、と言うのは大袈裟でしょうか。 間違いないことは、時間は誰にでも平等に与えられていて、1日生きたということは確実に1日後生に近づいたという…

役者

職場では管理者で専門職です。 ひとたび職場を離れ自宅に帰れば、父親であり、夫であり、母の子供でもあります。 更に訪れる所によっては客であり、患者であり、会員でもあります。 人生という舞台で何役もこなしているのが私という存在なのかもしれません。…

ゴールデンウイーク

腰痛とは長い付き合いですが、いつ不調に陥るのか予想できません。 調子がよい時は腰痛の辛さを忘れてしまうくらいなのですが、いきなり襲ってくることもあって気が抜けません。日頃からなるべく軽く済むように対策はしています。 それでも腰の調子が下り坂…

年度末

年度末は1つの区切りです。職場の掲示物の差し替えをするにあたって、少しばかりですが身の引き締まる思いでした。 朝から夜までの生活パターンは変わりませんが、あっという間に過ぎたように感じる今年の3か月を振り返り、より多く念仏を称えられるような…

塞翁が馬

今になってこうしておけば良かった、ああしておけば良かったと思うことが度々あります。未来が分かる超能力があるのならばともかく、その時は目一杯考えて行動している訳ですから仕方がありません。まずは目の前の現実を受け止めることだと思います。 しかし…

忘れがち

救われているということが当たり前になっています。日々のせわしさにバタバタしていると、有難いことを有難いことだと思わず、忘れ去られています。 しかし、どんな瞬間でも常に信心を護って下さっているのが南無阿弥陀仏です。 拝まないときも 拝んで下さっ…

大雪

大雪のため通勤で使っている幹線道路のほとんどの区間で通行止めとなりました。初めてのことです。 前日の帰りから今日の往復、至るところで車がストップ、やむなく置き去りとなった車も10台以上目にしました。 幾度も方向転換。道路情報を聞いたり伝えた…

後生の準備

後生の準備と言っても、私の方で用意するものは一つもありません。例えばすでに大きな船に乗っていて、その船はいつ私の寿命が尽きても浄土に行き着くようになっているようなものです。 後生を考えようが考えまいが、考えることが出来なくなったとしても、そ…

自問自答

今年に入ってからもすでに、あの人が亡くなっていたのか、と知って驚くことがありました。年が明けても何ら変わらない現実を知らされます。何気ない当時の会話が最後だったのかと複雑な気持ちになります。 浄土真宗においては、阿弥陀仏の本願の救いに遇って…

新春の慶び

昨年もいろいろなことがありましたが、新年を迎えるたびに、シンプルに思うことがあります。 確実に一つ年をとった、と。 しかしながら、他力の信心を頂いている立場からは、確実に浄土往生に近付いたことになります。 真に慶ばしき事、であります。 ただし…

嫌なこと

嫌なことがおきても決してそれは他人のせいではないですよ、というのが因果応報・自因自果ということでしょう。ただし、嫌なことと思っていたことが、時間が経つといい経験だったと反転することもあります。ややこしや、です。 それでもどうにも腑に落ちない…

はが・の・をに

「人生が目的」 なるほど!と思いました。南無阿弥陀仏のはたらきに遇うことができるのは生きている今、つまり人生。そうであれば、各人の人生そのものが目的となる。貴重な時間ですね。 「人生の目的」 このフレーズをこれまでいろんなところで耳にして、言…

チャンス

もっと早くに◯◯の分野のことを知っていたらなあ、と思うことがあります。教えてくれる人や機会があれば良かったのに、と。 けれどよく考えてみると、そういうチャンスは少なからずあったのではないかと思います。良い情報を耳にしながらも、その時の自分には…

範疇

自分の範疇でないことには関与しない、まかせる。そして自分の役割に力を注ぐ。 こういうのもさっぱりしていていいなと思います。 南無阿弥陀仏はすべての人にはたらきかけられていて、範疇というような線引きはないと言えます。 思う度に不思議でありがたい…

死ぬことの意味

普通、生きること以上に、死ぬことの意味はなかなか見出しにくいと思います。どんな思考の力でもって見出したとしても、死ねばその力も失うものだからです。 南無阿弥陀仏に救われた人が亡くなることを、浄土真宗では「死ぬ」とは言わずに「往生する」と言い…

できる事は限られている

世界で起こっているコロナウイルス関連の問題は、仕事柄のこともあり、どう対処するのが良いかとあれこれ思い悩みます。 実際に自分にできることは、あまりに小さく限られた事でしかありません。割り切って、すべきことを淡々とこなしていこうと行き着きます…

そういえば

文法的にはおかしいかもしれませんが、 そういえば南無阿弥陀仏であったなあ、と思わされる事が度々あります。 念仏をつい忘れがちなります。 欲やら仕事やらばたばたした日常に追われるその時に、ホッと一息つくのでありました。

気付いてよかった

間違った浄土真宗の話は、聞けば聞く程に訳の分からない信心が出来上がっていました。今思えば、異安心にもならない代物だったと思います。 こんなに聞いた、こんなに時間かけた、こんなにお金かけた…、案外あっさり捨てました。 間違いと気付いたら、受け入…