念仏者 とんのつぶやき

往生浄土の身となり、日々のちょっとした思いを気の向くままに残しておきます

^_^ぼっち信心の沙汰 念仏のとなえ心

2010-03-29
念仏のとなえ心
 
以前は、助かりたい救われたいの心がくっついて離れませんでした。
今は、それがさっぱり出てこようがありません。

N o wとんのつぶやき

 当時のとんに、今もそのまま同意します。

「信の一念・行の一念ふたつなれども、信をはなれたる行もなし、行の一念をはなれたる信の一念もなし。そのゆゑは、行と申すは、本願の名号をひとこゑとなへて往生すと申すことをききて、ひとこゑをもとなへ、もしは十念をもせんは行なり。この御ちかひをききて、疑ふこころのすこしもなきを信の一念と申せば、信と行とふたつときけども、行をひとこゑするとききて疑はねば、行をはなれたる信はなしとききて候ふ。また、信はなれたる行なしとおぼしめすべし。

これみな弥陀の御ちかひと申すことをこころうべし。行と信とは御ちかひを申すなり。」

親鸞聖人御消息 )

 念仏するものを助けるという本願を聞いて、となえる念仏(行)に、疑う心の少しも無きが信の一念(信心)でありました。

 行と信は離れたものではないということが腑に落ちます。このお言葉が馴染んで、より嬉しくなってきました。

 南無阿弥陀仏