その信楽とは何かというと、「疑いのない状態」を顕す。「〈信心〉は如来のちかひをききて疑ふこころのなきなり」(『註釈版聖典』六七八頁)と『一念多念文意』に仰っているのです。「信楽」(信心)とは、如来の真実なる御誓いを聞いて疑う心のないこと、疑いを雑えないことと仰っています。だから信心とは「疑いがない状態」なのです。では何があるのかというと、至心です。如来の真実心が私に届いている。これを信心という。だから信心とは、疑いという「はからいを雑えない状態」である私に、阿弥陀仏の本願の真実心(仏心)が宿っていることなのです。
正信偈講座(梯實圓)P59より
この書籍は、朝日カルチャーセンター大阪中之島教室での講義の文字起こしが元で、聖典をはじめて手にされたご門徒さんが対象と、はじめに、に書かれています。
前回の エントリー2025-09-07「基礎から出直し」、で頂いた質問コメントに、コメント欄で私なりに回答しました。
丁度、今読んでいる書籍の上記箇所がピッタリだと思い引用致しました。これに続く内容もありがたいです。
私にはしっくりしっくりきます。