念仏者とは阿弥陀仏の本願に救われた人、信心決定した人、他力信心の人、など色々な言い方があります。ただ南無阿弥陀仏と称えていれば誰でも念仏者なのかと言うと、そうではありません。
そもそも阿弥陀仏から何を救って頂いて信心決定の人と言うのか。
ここはとても大事なところだと思います。多様性の現代において、阿弥陀仏の救いは今を生きる私たちにどういう意味をもつのか?、あるいは与えてくれるのか?。
私が10代のころ、初めて聴聞会場に来た男性から、あなたは若いけど何か苦しいことがあったのかと尋ねられました。いや、特にこれっていうのはないです(浪人生だけど、、、)と答えたところ、苦しくもないのに何でこんな話を聞きに来たのかと驚かれたのを覚えています。