私が今日、生きている事、それ自体が奇跡である。自分1人では決して生きていけない、多くの人やものに支えられて生かされている。だから日々の人間関係や仕事、病、自然災害、事故、様々な困難にも、立ち向かって生きていこう。未来は案外開けている。
こう思えたら十分に強く生きていけるでしょう。しかし、こう思えなくても平凡に生きてきた私が現にいる。言ってしまえば、このような事を思考することも殆どないのが正直なところ。
人生や命の連鎖に特別な価値を見い出そうとするのはなく、思考を巡らせるのではなく、そこで留まり完結させるのではなく、主語を「私」から、「仏・仏の本願」に反転させるところの先に思考を遥かに超越した真の救いがあるのでした。
阿弥陀仏の本願力にまかせ切った信心の行者が念仏者なのでありました。私には少しの持ち分も必要なく、そもそも何も持ち合わせていないのが私でありました。