真実信心を与えようと用意されたのが南無阿弥陀仏の六字の名号。
では私はどのように?
そのまま受け取る、となります。モノではありませんが。
大事なことは、何の計らいなく。まるごと、そのまま。
南無阿弥陀仏を南無阿弥陀仏と計らいなく、そのまま聞き入れているのが信心です。だから信心と言っても南無阿弥陀仏の他に何もないのでした。
その信心がずっと相続して、していくので、ふとした時でも称名念仏となって出てきて下さります。
いつでもどこでも南無阿弥陀仏。
分別世界、相対世界において、これ以上の不思議は無いのではないかと思います。