念仏者 とんのつぶやき

往生浄土の身となり、日々のちょっとした思いを気の向くままに残しておきます

役者

 職場では管理者で専門職です。

 ひとたび職場を離れ自宅に帰れば、父親であり、夫であり、母の子供でもあります。

 更に訪れる所によっては客であり、患者であり、会員でもあります。

 人生という舞台で何役もこなしているのが私という存在なのかもしれません。

 そうしていずれ臨終を迎えます。

 行き着く先が浄土と決まっているのだから、しんどいことがあっても、全ての役を全うしてやるぞ!、と思えてきます(笑)。

ゴールデンウイーク

 腰痛とは長い付き合いですが、いつ不調に陥るのか予想できません。

 調子がよい時は腰痛の辛さを忘れてしまうくらいなのですが、いきなり襲ってくることもあって気が抜けません。日頃からなるべく軽く済むように対策はしています。

 それでも腰の調子が下り坂になりやすい時期というものがあって、そのひとつが連休前や連休初日です。どこかで緊張の糸が緩むのか、腰も頼りなくなった感じになるのです。不思議です。

 いっそのこと、毎日仕事をしていたほうが腰にはいいのかもしれませんが、さすがにそれは無しということで。

 今日は連休初日、がっつり休ませてもらいます!(やはり腰痛・・・)。

年度末

 年度末は1つの区切りです。職場の掲示物の差し替えをするにあたって、少しばかりですが身の引き締まる思いでした。

 朝から夜までの生活パターンは変わりませんが、あっという間に過ぎたように感じる今年の3か月を振り返り、より多く念仏を称えられるような日々を送りたいと思います。

塞翁が馬

 今になってこうしておけば良かった、ああしておけば良かったと思うことが度々あります。未来が分かる超能力があるのならばともかく、その時は目一杯考えて行動している訳ですから仕方がありません。まずは目の前の現実を受け止めることだと思います。

 しかし、そういったことも時間が経てば、ほろ苦い経験として実になることもあるものです。

 他力の信心を頂いたならば、浄土往生して、先を見通せる智慧を賜ります。本当に有難いことだと思います。

忘れがち

 救われているということが当たり前になっています。日々のせわしさにバタバタしていると、有難いことを有難いことだと思わず、忘れ去られています。

 しかし、どんな瞬間でも常に信心を護って下さっているのが南無阿弥陀仏です。

 拝まないときも 拝んで下さっている 阿弥陀さま(今月のカレンダーのことば)

 こうでもして下さらないと、到底私は救われなかったのだと思います。

大雪

 大雪のため通勤で使っている幹線道路のほとんどの区間で通行止めとなりました。初めてのことです。

 前日の帰りから今日の往復、至るところで車がストップ、やむなく置き去りとなった車も10台以上目にしました。

 幾度も方向転換。道路情報を聞いたり伝えたり、スリップした車を押したりして切り抜けられました。

 いろいろあるものです。無事に帰宅できたことに感謝です。 

後生の準備

 後生の準備と言っても、私の方で用意するものは一つもありません。例えばすでに大きな船に乗っていて、その船はいつ私の寿命が尽きても浄土に行き着くようになっているようなものです。

 後生を考えようが考えまいが、考えることが出来なくなったとしても、それは全く問題にならず関係もなく支障になりません。

 そういう船にすでに乗せられているとすれば、何とも身軽で楽なことでしょう。しんどいことがあっても乗り越えていこうかな、と思えてくるものです。