念仏者 とんのつぶやき

-往生浄土の身となり、いろいろな思いを残しておきます-

置き忘れ

先日、傘をある店に置き忘れたことをその日の晩に気付きました。店を出る時には雨が降っていなかったのと次の用事を考えていたからでした(次の日に傘を取りにいきました、一件落着)。 気を付けないとな、と思いましたがこれまでも何度かやってます。誰でも…

超世の悲願(他力の信心)

努力して得られるものは我が身はもちろんのこと、他人や社会の幸せとなってあらわれてくるのだと思います。生き甲斐があるのはよいことですが、その道理を南無阿弥陀仏の救いに当てはめるのは間違いです。 他力の信心は、文字通り阿弥陀仏の本願力によって用…

人それぞれ

以前は、 「どの人も本質は同じで次の世は悪い世界に生まれる」 ということを繰り返し聞かされ信じていました。こうなると、自己肯定感が下がる、どこか投げやりになる、死に対して過剰な恐怖感に襲われる、他人の良い言動を素直に見れない、など土台からネ…

月末に思うこと

月末には、店舗のいろいろな実績・結果が出てきて把握することになります。少なからず一喜一憂するのですが、どこか他人事と思えるのは適当な性格だからか、それとも仕事に真剣さが足りないからか。 どちらにしても何事もほどほどが身体にもよいでしょう(笑…

平等におとずれるもの

年をとるほど月日がたつのを早く感じる、というのはこれまでを振り返るとその通りと感じます。気が付けば臨終、と言うのは大袈裟でしょうか。 そんな中、念仏者とならせて頂けたことは不思議なことです。 間違いないことは、時間は誰にでも平等に与えられて…

立場

職場において、管理者・責任者であればスタッフを監督する側ですが、当局からの指導や査察に対しては職場の責任者として指導を受ける側、監督される側になります。 ひとたび職場を離れ自宅に帰れば、父親でもあり主人でもあり子供でもあります。さらに所によ…

ゴールデンウイーク

腰痛とは長い付き合いですがいつ不調に陥るのか予想できません。 調子がよい時は腰痛の辛さを忘れてしまうくらいなのですが、いきなり襲ってくることもあって気が抜けません。日頃からなるべく軽く済むように対策はしています。 それでも腰の調子が下り坂に…

年度末

年度末は1つの区切りです。職場の掲示物の差し替えをするにあたって少しばかりですが身の引き締まる思いでした。 朝から夜までの生活パターンは変わりませんが、あっという間に過ぎたように感じる今年の3か月を振り返り、より多く念仏を称えられるような日…

塞翁が馬

今になってこうしておけば良かった、ああしておけば良かったと思うことが度々あります。未来が分かる超能力があるのならばともかく、その時は目一杯考えて行動している訳ですから仕方がありません。まずは目の前の現実を受け止めることだと思います。 しかし…

忘れがち

救われているということが当たり前になっています。バタバタしていると有難いことを有難いことだと完全に忘れてしまっています。そんなときでも常に信心を護ってくださっているのが阿弥陀さまです。 拝まないときも 拝んで下さっている 阿弥陀さま(今月のカ…

大雪

大雪のため通勤で使っている幹線道路のほとんどの区間で通行止めとなりました。初めてのことです。 前日の帰りから今日の往復、至るところで車がストップ、やむなく置き去りとなった車も10台以上目にしました。 幾度も方向転換。道路情報を聞いたり伝えた…

我が身の大事 その2

後生の準備と言っても、私の方で用意するものは一つもありません。例えばすでに大きな船に乗っていて、その船はいつ私の寿命が尽きても浄土に行き着くようになっているようなものです。 後生を考えようが考えまいが、考えることが出来なくなったとしてもそれ…

我が身の大事

今年に入ってからもすでに、あの人が亡くなっていたのか、と知って驚くことがありました。年が明けても何ら変わらない現実を知らされます。何気ない当時の会話が最後だったのかと複雑な気持ちになります。後生間に合ったのかと。 浄土真宗、阿弥陀仏の本願の…

所信表明?

昨年もいろいろなことがありましたが、新年を迎えるたびに同じような思いであったのではないかと思います。気付けば確実に一つ年をとっている。 自身にいろいろなことが起きて当然、その中どう過ごしていくのか、勉強だと思います。 南無阿弥陀仏、忘れがち…

嫌なこと

嫌なことがおきても決してそれは他人のせいではないですよ、というのが因果応報・自因自果ということでしょう。ただ嫌なことと思っていたことが、時間が経つといい経験だったと反転することもあります。ややこしやです。 それでもどうにも腑に落ちない時は仏…

はが・の・をに

「人生が目的」 なるほど!と思いました。南無阿弥陀仏のはたらきに遇うことができるのは生きている今、人生。であれば各人の人生そのものが目的となる。貴重な時ですね。 「人生の目的」 このフレーズをこれまでいろんなところで耳にして、言葉そのものの捉…

ご縁

もっと早くにこの分野のことを知っていたらなあ、と思うことがあります。教えてくれる人や機会がなかったものかと。 けれどよく考えてみると、そういう機会は少なからずあったのではないかと。情報を耳にしながらも、その時の自分には関心が起きなかった、心…

範疇

自分の範疇でないことには関与しない、まかせる。そして自分の役割に力を注ぐ。 こういうのもさっぱりしていていいなと思います。 南無阿弥陀仏はすべての人にはたらきかけられていて範疇というような線引きはないと言えます。 不思議でありがたいことです。

死ぬことの意義

普通、生きること以上に、死ぬことの意味・意義はなかなか見出しにくいと思います。崇高な思考の力でもって見出したとしても、死ねばその力も失うものだからです。 救われた人が亡くなることを、浄土真宗では「死ぬ」とは言わずに「往生する」と言います。「…

短い一生でも大変

世界で起こっているコロナウイルス関連のニュースにあれこれ思い悩むのですが、実際に自分にできることはあまりにも小さく限られたものだと我に返ります。 明日がどうなるか分からない短いこの世のことでも生きていくのは大変です。割り切ってすべきことを淡…

そういえば

文法的にはおかしいかもしれませんが、 「そういえば、なむあみだぶつであったなあ」と。 念仏を忘れがちな自分に気付いて情けないなあと思う私があります。 欲やら仕事やらばたばたした日常に追われる隙間にホッと一息つくのでありました。

間違いは全部投げ出すこと

間違えた浄土真宗の話は聞けば聞いた分だけこんがらがった信心が出来上がってました。相当深い泥沼に落ち込んでいたようなものです。異安心どころか〇△×?!(訳の分からない様(笑))でした。 まるごと捨ててからゼロからスタートしたほうが余程早かったで…

世相

先のことを考えて行動できる人ほど賢いと思います。 けれども世界の明日どころか、自分の明日のことさえよく分からないのが本当のところです。諸行無常です。 今はまだ死ねない、来年はこうするんだ、と固く思っていてもはからずも命を落としてしまうことが…

やることはやっておく

どんな集まりの中でも和が大事かと思います。 遊びや趣味であればほどほどでよくても、仕事となると本人やその家族の生活もかかってきたりするのでさらに大事かと思います。 元来日本はそういう和を尊ぶ文化が根付いているのではないかと思います。仏法を尊…

しっくりくる

同行のブログを気ままに読ませてもらってますが、ああそうだなあ、上手に表現されているなあ、ありがたいなあ、とうれしい気持ちになります。 学問や社会的地位や年齢、生活環境は様々であっても、他力信心という点においては共通です。信心のことについて書…

悪人という自覚

悪人正機について、 「要は自分は悪人であると自覚しろってことだな」 という言い回しを読みました。 ちょっと違和感があります。 この表現が良いか良くないかということは別問題として、 自分は悪人であると自覚したこと、それ自体は救いでも何でもない、と…

心コロコロ

善いこと、悪いこと、判断に迷うことがあります。そもそも、善と悪をきっちり線引きしにくい事案もあります。 さらに、自分の都合、という色眼鏡があるので善悪の判断そのものがひっくり返ってしまうことがあります。 昨日までは、「あの人は頼りになる」、…

節目

働いていると、自身や上司・同僚の、任期終了や更新、配置転換や入職・退職など小さなことから大きなことまでいろいろな出来事がありました。これからも間違いなくそうだろうと思います。 自身を振り返ってみると大きなターニングポイントであったなあ、と思…

心を弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶつじ)に樹(た)て

昨日まで意気盛んだった人がコロッと意気消沈してしまう。 きっかけ1つで人はどうにでも変わるものだとつくづく知らされます。 支えとしていたものが崩れてしまうとあっけないもんです。 親鸞聖人が教行信証に、 『慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念…

デジタルパワー?

毎日生きるのに一生懸命。 スマホ1つでその気になればこれでもかと言わんばかりの情報が手に入り、気が付けばもう1日が終わっている。 下手をするとスマホを操っているようで操られているのかもしれません。情報をつかんでいるようで実はそれに躍らされて…