念仏者 とんのつぶやき

お慈悲に包まれた日常と、浄土真宗の救いを綴ります^_^

つぶやき

力の入れどころ

ここぞという時は、言われなくても力が入ります。 それよりも、如何に力を抜くか、疲れを溜めないかが大切なのかと。 内からの心身の訴えを受け止めて、休む時は堂々としっかりと休む。そうすることで翌日の活力となるのかな。 年末のつぶやき。

大コケ

イベントで、長年履いていなかった靴を何とはなしに履いて、靴底が見事なまでに剥がれたことを人に見つけてもらい赤っ恥をかきました(^_^;)。 こういう時に過去の色んな生き様が思い出されて、また周囲の心境を勝手に察して必要以上にショックを受けてしまい…

師走のつぶやき

気がつけば、師走。いつもこの時期になると気忙しく感じるものです。確かに仕事は機関当局への定期報告や、社内の調整、慣れない仕事も担当して落ち着かない。 歳を重ねるほど一年が短く感じるのは、同じ事の繰り返しで印象的な出来事が少なくなるからだと、…

本棚に納得

家族の真宗関連の書籍を一つの本棚に集結しました。ピッタリ収まりその充実ぶりに少し圧倒されました。横着者、一生かけてじっくりといこう。 そして対照的に仕事関連の書籍はその一角に、、、。自称ミニマリストだからこんなもんだろう(^_^;)。

節目

今日の夕のウォーキングは久しぶりに気持ち良かったです。ようやく秋らしさが感じられました。 家族のサポート、仕事、自身の体調管理、特に3番目は生涯に渡る課題、老病死は避けられません。五蘊盛苦がじわじわと深まってきます。 しかし救われた生命、御…

信心は、つかまえようがない

親鸞聖人は信楽を「疑蓋間雑あることなし。ゆゑに信楽と名づく」(『註釈版聖典』二三五頁)と仰る。疑いという蓋を間に雑えないことを信楽という。つまり容器に水を入れようとしても、蓋をしていたら中に入らない。そこで疑いという蓋を雑えないことによっ…

信心は、「疑い心」のない状態

その信楽とは何かというと、「疑いのない状態」を顕す。「〈信心〉は如来のちかひをききて疑ふこころのなきなり」(『註釈版聖典』六七八頁)と『一念多念文意』に仰っているのです。「信楽」(信心)とは、如来の真実なる御誓いを聞いて疑う心のないこと、…

自分の頭で考える

チャットGPT(チャッピーだそう^^;)をようやくちょっとかじってみました。何とも見事なものです。回答が100パーセント正しい訳ではないという前提に立つのが大事ですが、今のところほぼ満足しています。 情報源の枯渇による成長の限界説もあるようですが…

お盆前のつぶやき

相変わらず、ばたばた物理的にもメンタル的にも仕事に気をとられています。もう適当でいきたい^_^;)。 それはさておき、このブログは、ただ思ったそのままを書くこともあれば、学んだ教義を咀嚼して吟味して書いたエントリーもあります。 行信不離のエントリ…

本願の念仏

念仏して助かる本願 念仏する者を助ける本願 違い目分かるでしょうか。

激アツに思う

激アツといえる暑さが続いています。子供の頃の夏休み、プールの行き来での暑さの記憶が蘇りますが、今では熱中症アラートで命の危険を鑑みてのプール中止、明らかに当時の暑さとは一段違っているようです。外出自体がリスク因子です。 阿弥陀如来の本願力を…

応援

他店舗の応援に入るようになり物理的にもメンタル的にも忙しさが増しています。それは想定内でしたが、もう昔のように若くはありません。当たり前か^_^。 上手く力を抜きたいところですが、上手くいかないのが常。 そのような煩いだらけの一日を阿弥陀仏は陰…

身体のメンテ

ウォーキング8000歩。週3回。 チラッと目た心不全対策?の番組で言われていました。 年齢や健康状態にもよりますが、今の私にはピッタリの目標かも。毎年この時期は思い立っていたような、、。10代の頃が懐かしく思えます。ちょっと走ると鉛のように…

忘れてた

こんなところにアルバムが置いてあった。 こんなところに加湿器が置いてあった。 こんなところから諦めていた鍵が出てきた。 あれもこれもなんで、、。と言ってもこんなところに置いたのは間違いなくいつかの私。 忘れてた モノを減らして整頓し おまけにコ…

片付け

家の裏にある物置きの中を片付けました(運び出しだけお手伝いしました)。 その1つに停電で電気が使えなくなった時に備えて、灯油式のストーブを保管していました。知人からかなり前に譲り受けた大きめのストーブですが使用する機会はありませんでした。そ…

雪に想う

5年前に店舗立ち上げで気力体力が悲鳴をあげた時、大雪にもやられて風邪をひきました。 この度は、腰痛が治りかけの時に店舗の青空駐車場の除雪に追われ風邪をひきました。 いずれも仕事だから欠勤無しです。仕事だから。 いまわたしがいきているということ…

方向転換

生きたく(楽しく)ても死んでゆかねばならない。死にたく(苦しく)ても生きてゆかねばならない。 希望に満ちた未来を地震や事故などで一瞬にして奪われたり、災難に遭って辛抱の日々を送る人を連日のように見聞きします。 その時に感じるやりきれなさや哀…

タラレバ信心

救われたら、救われれば、ガラリと心が変わる。救われた瞬間がはっきりする。驚きがある。喜びがある。そうでなければ救われたとは言えない。 どれだけ正そうとしても一念覚知、歓喜正因を頑なに主張する方があるようです。 この主張の語尾には「はず」が隠…

^_^ぼっち信心の沙汰 雲泥の差、元旦のつぶやき

2011-08-02雲泥の差勝ちとって守る苦労と 負かされて護られる楽 〜 N o wとんのつぶやき やったー、救われましたよー。 よし、信心決定したぞー。 ありがとうございます!達成しました!、そんなノリではなかったです。努力して聴聞して、阿弥陀仏が、よし任…

大晦日のつぶやき2024

年末年始の定番とされるスタイル(大掃除、おせち料理の準備、家族親戚が一堂に会して団らんなど)が崩れつつあります。逆にそのような習慣からはみ出る人達が抱いてきた苦しみや疎外感が取り上げられるようになったと感じます。 定番はいつまでも定番ではな…

update

今年後半は急ぐつもりはなくても限界を迎えたモノがいくつも出てきました。 エアコン、洗濯機、パソコン、お世話になりました。 家周りの草木もそれなりにきれいにしてもらいました。ありがとうございます。柿の木もスッキリしました。 これらを機に自身のミ…

今日という日

おそらく◯年前の今日が、ただいま助けるという南無阿弥陀仏に疑い晴れただろう日です。今救われているかどうかが大事であって、その日かどうか考えても何の意味もないことですが、父の命日でもあります。 父は最後の年に一度、善知識に会いましたが、直接お…

何とかなっています

キット、何とかなる。 母と食べたお菓子の封に書いてありました。あれこれ考える母は、それを見て笑いました。 この世のことでも大概のことは何とかなるものです。というか時は勝手に過ぎていきます。 後生は阿弥陀仏におまかせ。何とかなるどころか間違いな…

私の称名になる前の名号は無い

衆生の称名になる前の名号は無い。 私どもに称えられる前の南無阿弥陀仏が、どっかにあるというお領解は、間違いだということ。南無阿弥陀仏というものは、私に称えられて南無阿弥陀仏。私に称えられて南無阿弥陀仏、です。 (印象に残った法語) 南無阿弥陀…

極めてシンプルです

念仏成仏これ真宗 万行諸善これ仮門 権実真仮をわかずして 自然の浄土をえぞしらぬ (浄土和讃) 本願を信じ念仏を申さば仏になる (歎異抄第12章) 南無阿弥陀仏というものは 私に称えられて 南無阿弥陀仏 (印象に残った法語) 何度読んで(聞いて)もその…

お盆、頭痛の独り言

腰痛との付き合いも長いですが、頭痛持ちとなってからの付き合いもその次に長いです。 2年前に急なめまいで、これはまずいと受診した症状の主な原因が片頭痛であると分かりました。ちゃんとした治療のきっかけとなりました。半ば分かっていたつもりでしたが…

念仏者 とんのすがた

何気なく付けたブログ名はありがたいものでした。 親鸞聖人はこのような真実信心の行者(他力の念仏者)のすがたを、 煩悩を具足せる凡夫人、仏願力によりて信を獲得す。 この人はすなはち凡数の摂にあらず、これは人中の分陀利華なり。 『入出ニ門偈頌』 と…

こんな日もあるよ

昨日、真夏の真昼間に自転車を走らせる事態になりました。なんて日だ^_^。 深めの帽子に、スポーツタオルと愛飲の滋養強壮ドリンクを手提げカバンに詰め込み、およそ1時間15分くらいか正確には覚えていません。 高校時代の通学の1、5倍くらいでしょうか…

NO行信,NO 証!とNO行,NO 信、NO信,NO 行!

・行信のない証なんて! 『無量寿如来会』にのたまわく、「いま如来に対して弘誓を発せり。まさに無上菩提の因を証すべし。」 『教行信証』「行文類」etc ・行のない信、信のない行なんて! 「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」 『教行信証』「総序」etc…

現世利益と浄土真宗、現状

あなたは何を信じてますか? キリスト教〜神を信じます。 仏教 〜仏を信じます。 ◯◯教 〜△△を信じます。 神社 〜御神体(山、滝、岩、鏡、剣、神像 勾玉、ご神木、柱など。体は天照大御神、大山咋神などたくさんの神様) 信じるものがらが私から遠くにある、…