念仏者 とんのつぶやき

-往生浄土の身となり、いろいろな思いを残しておきます-

摂取不捨(せっしゅふしゃ)

どんなサービスでもまかせることは基本的に楽ですが相応の対価を求められます。それでも稀にトラブルや事故があったりします。

そのための契約、覚書、保険、保証、…いろいろな手続きをしたり要求されたりします。やはりお互い心配があるからですよね。

当然と言えば当然のことですが、生きること自体なかなか大変なことなんだと思います。昔は無かったであろう面倒なこともあるんだと思います。

 

他力の信心(阿弥陀仏よりいただく信心)は全くの心配いらずです。私がどんな目に遭おうが信心が崩れるということが無いからです。先の言葉でいえばトラブルや事故が絶対に無いということです。

「摂取不捨」と言って、1度救われた(摂取)ならば決して捨てられることのない(不捨)のが南無阿弥陀仏です。そしてそのはたらきに疑い無い(まかせ切った)のが他力の信心です。行き先は浄土と決まります。

 

次の瞬間何が起きるか分からないような人生そのものは全くかわらないのですが、他力の信心が1本筋を通したように貫いているのです。

こんな不思議な力強い救いは他にはありません。